ミリアとプロレスラーの頼則セシル(よりのり・せしる)の戦いは佳境に入りつつあった。
執拗に顔面攻撃を繰り返したミリア。セシルの鼻に指を突っ込み鼻血を出させたが、激怒したセシルも殴りかかってきた。
「ぐっ、げ、ほおっ」
セシルに捕まり背後から首に腕を回された。そして締め上げられる。このままでは締め落とされるのは時間の問題と思われた。しかしミリアの口元にはわずかに笑みが浮かぶ。
「ぐふ、ふっ、ふっ」
ミリアが不気味な笑い声を出した。後ろから締めているためセシルにはミリアの顔は見えない。一瞬不気味に思ったセシルだが、気絶する前のうなり声だろうと思い直して締め上げる腕の力は抜かない。
「ぐふふぅっ、ふあっ!」
ミリアが呼吸を止めて一気に出す。そして勢いよくセシルの鼻めがけて指を突っ込んだ。鼻血が固まりつつあったその鼻に再び突き刺さる。
「うああっ」
傷ついた粘膜を攻撃された痛み。これまで数々の攻撃を耐えてきたプロレスラーのセシルだが、反射的に腕の力を緩めてしまった。その瞬間にミリアが拘束から逃れる。そして再びリング上で相対した2人だが、ミリアが構える前にセシルが怒りの形相でつかみかかってきた。
「うおあああっ!」
パンチではない。手のひらを広げて爪を立ててミリアの顔面をくじこうとしてくる。もはや完全に意趣返しをしているとしか思えない野蛮なスタイルに変貌したセシル。ミリアの頬に一筋の血がにじむが、それでも止まらずに追撃が来る。
セシルがミリアのツインテールの片方をつかんだ。そして思い切り自分の方に引きよせる。この戦いで受けてきた痛みや屈辱を全て返すかのようである。恨みの込められた腕によってミリアの髪が引っ張られていく。
「あああああっ!!」
絶叫するミリア。その瞬間、赤い液体がセシルの視界に広がった。
ブシャアッ!
セシルの手に引っ張っている感触がなくなった。そして髪をつかんでいたその手には確かに髪は残っていた。ただしそこから先はちぎれている。
彼女に見えるのは、赤い液体にまみれた髪の毛の束と、ツインテールの片方を失った状態で倒れるミリアの姿だ。
「ひ、ひいっ」
「か、髪の毛をぶち切りやがった」
「皮膚、皮膚ごといったのか!?」
観客も慌てふためく。セシルは全身がブルッと震えるのを感じた。
チョロっ……♡
こらえていたおしっこが、ちょろちょろと股間から流れ出し始めた。驚きややり過ぎたことへの後悔などいろいろな感情が、おしっこをこらえていたことを忘れさせたのである。
「あっ、あああっ……だめぇっ……♡」
股間を押さえてしゃがみ込もうとするセシル。しかしすでにリングの上に黄色い水滴がポタポタと落ちていたのをレフェリーは見逃さなかった。
「こ、これは勝負あ」
そのとき、倒れていたかに見えたミリアが急に立ち上がり、セシルの背後に回った。
そしてしゃがもうとするセシルの後頭部を思い切り蹴り込む。予備動作の大きい回し蹴りだったが、完全におしっこの方に意識がいっていたセシルはもろにそれを食らった。
ゴッ!
前方に勢いよく倒れて床に顔面を打ち付けるセシル。おしっこ我慢キャットファイトリングでは後頭部への攻撃は反則でない。
「げ、はっ」
潰れたような声を出し、リングの上に横たわる。もはや止める意思を喪失し、舌を出して気絶するセシルの股間からはおしっこが流れ放題となった。
「しょ、勝負あり」
レフェリーが再度、勝負が付いたことを告げた。
チョロオオオオオッ……♡
セシルが溜めていたおしっこを思う存分放出し、みるみるうちにリングが黄色く染まっていく。当の本人が気を失っているため失禁がとどまるところを知らない。
一方、髪の毛のツインテール部分を片方まるごとちぎられたはずのミリアだが、思いのほか元気そうである。
倒れたセシルのそばに落ちていた髪の毛の束をつかんで観客に見せる。
「これ、ウィッグなんだ。マジックテープ式の」
マイクをつかんでポーズを決め、観客に向けて説明を始めるミリア。地毛の根元に差し込み、ヘアピンで固定することで装着できるポニーテール用のウィッグが3000円ほどで手に入る。ミリアはその中に血糊の袋も仕込んでいた。
「ほほう……あのミリア殿の攻撃、拙者は痛みを感じる部分を狙うことで我慢できずに漏らさせる作戦かと思ったのでござるが、実は驚かすために相手の攻撃を誘導していたんでござったか」
「あんた、まだいたのね……」
お漏らしくノ一の忍花(しのはな)がしたり顔で言うのをリングの下でカオリは聞いていた。事前にミリアの作戦について聞いていたカオリだが、とりあえず忍花の喋りたいように喋らせておく。
「つまり、ミリア殿が髪に仕込んだウィッグとその中の血糊は、セシル殿の自身の攻撃によって千切れ飛ばす必要があったのでござるな。突然ミリア殿が自分の髪の毛を抜きだしても訳がわからんでござる。飛龍革命の藤波の髪切りではないのでござるから」
「……藤波さんっていうマッチョドラゴンについてはよく知らないけど、その推測で当たりよ」
カオリは同意する。事前の下調べでセシルは驚いたときにおしっこを漏らすタイプだとわかっていた。そのため自分の攻撃がミリアの重傷と流血を引き起こしたことを本人に自覚させれば、驚いて漏らすだろうと踏んでいたのである。
もっとも単なる流血ではだめで、髪を皮膚ごと引きちぎるという、勇次郎の制裁を食らった天内ばりのインパクトが必要だった。
「綱渡りだったけどね。セシルが髪の毛をつかむ前にミリアをKOしてたかもしれないし、髪の毛がちぎれても驚かずにそのまま攻撃されてたらほぼ勝ち目がなかった。相手が乗ってきてくれたのは運だよ」
緊張がようやくほぐれたのか、カオリは大きく息を吐いた。仕掛けこそ準備していたが、作戦のためにはセシルに髪の毛をつかませる必要があった。そこでミリアは執拗な顔面攻撃をしかけ、セシルをプロレス技でなくおなじ泥仕合の土俵に引き込んだのだった。
「ところであんた、さっきオナニーしててアヘ顔で控え室に運ばれていったように思ったけど」
カオリが尋ねる。忍花はクックッと笑った。
「ふふっ、控え室で一発決めてきたでござるからな。シャキッとしたのでござるよ」
「あんた、まさか薬でも……」
引き気味のカオリである。もし薬を決めてきたのであれば近寄ってほしくなかった。こうやって仲よさげに話しているだけでもイメージダウンになりかねないのである。カオリの心底嫌そうな顔を見て、慌てて忍花は弁解に回る。
「いやいや、ストレンジ・ロゼでござるよ。つまり酒でござる」
「ああ、あのアルコール分が強いっていうやつね。ワイン風の味がするとか」
カオリは名前が出たアルコール飲料のCMを思い出していた。と、そこで観客席がざわめく。
どうやら何者かがリングの上に上がり、そのために騒ぎが起きているようだった。
コメント